私とバングラデシュ / 綿貫 竜史

已更新:1月 28

エピソード1:波乱の幕開け(冒険と出会い) 小学校、中学校、高校、大学と野球一筋で生きてきた私は、大学3年生の夏に突然指導教官にこう尋ねました。 発展途上国に行ってみたいです。どなたか紹介してください! 指導教員は私にインドの研究をしている先生を紹介してくれました。 それから何人かを数珠つなぎに紹介してもらい、最終的にたどり着いたのは金沢大学の国際ボランティアサークルでした。 その団体が1か月後にバングラデシュへ行くということで、急遽その旅に混ぜてもらいました。飛び入り参加にもほどがある・・・


渡航当日、関西国際空港で「はじめまして!!」と挨拶をして飛行機に乗りました。

しかし、私を含め15名全員、中国の空港で飛行機を乗り過ごすという失態を犯してしまったのです。

7万円を支払って新しいチケットを購入し、中国で二泊、タイで一泊した後、ようやくバングラデシュにたどり着きました。


私とバングラデシュの物語は、波乱の幕開けとともに始まりました。

エピソード2:バングラデシュのスラムで路上ライブ


私のはじめての研究フィールドはバングラデシュのスラムでした。

バングラデシュ都市部の世帯内のジェンダー関係について調査をするために、貧困層が多く暮らすスラムを訪れたのです。


しかしながら、外国人である私が現地の人たちにいきなり受け入れてもらえるはずがありません。特に私の研究対象はイスラム教徒の女性だったので、宗教上なおさら私と接するチャンスがありませんでした。 なんとか現地の人たちから近づいてきてくれる方法を模索し、結局スラムの路上でベンガル語の歌を歌うことにしました。 歌ったのは3曲。 バングラデシュでは誰もが知っている恋愛ソングと、日本の「上をむいて歩こう」「花は咲く」をベンガル語翻訳したものを道端で披露しました。 歌い始めるとまず子どもたちが興味津々に近づいてきて、道を歩いていた大人たちも足を止め始めました。気付くと家の玄関からじーーっと私の様子を覗いている女性たちの姿もありました。 3曲を歌い終えた時、私の周りには100人くらいの人だかりができていました。

「お前面白いな!」「どこから来たんだ?」


自分が何者か、何をしに来たのか、自分が母子家庭で育ってきた経験などを徒然と語りました。その瞬間、現地の人たちと私の間にあった壁がスーっと崩れる音がしたのです。

エピソード3:幸せのおすそ分け

バングラデシュには、自分のお祝い事(結婚や誕生日)に幸せをおすそ分けするという意味で「ミスティ」と呼ばれる甘いお菓子を配る習慣があります。 現地の人によると「幸せな人が周りからさらにモノやお金をもらってもっと幸せになってどうするんだ」「幸せな人が周りの人に幸せを分けたらいいじゃないか!」という理屈だそうです。

さて、ミスティに関するこんな話を聞いた綿貫はこう思うのです。

自分の誕生日にスラムでミスティを配り歩いたら、もっと現地の人たちと仲良くなれるのじゃないか??


そこで、私はお菓子屋さんに行ってミスティを10キロ購入しました (今思うと10キロ買ったのは失敗でした)。


ミスティ10kgを両手にスラムを徘徊します。家を訪ねては、「今日わたしの誕生日なんです。僕の幸せ食べてください!!」(自分にだんだん嫌悪感を抱いてきました・・・)


でも、意外だったのは、みんな快く受け入れてくれたのです。一瞬にして現地の人たちと打ち解けるという感覚を人生で初めて体感した日でした。 この時、綿貫は地獄を見ることを知る由もありませんでした。


ミスティで幸せをおすそ分けするというバングラデシュの習慣。

実はこのミスティ、相手に食べさせた後に自分もその人から食べさせてもらわなければならなかったのです。



終わった・・・・ミスティ10キロ買ってきちゃった。




綿貫は腹痛と引き換えに信頼関係を手に入れた。 こんな風に現地の人たちと次第に仲良くなっていき、今では私にとってかけがえのない存在となっています。



私とバングラデシュ。 これまでも、これからも。 ずっとかけがえのない存在です。






最後までご覧頂きありがとうございました。

また機会があれば、たくさんの物語を紹介していきたいと思います。




綿貫竜史(名古屋大学 博士課程)


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