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作家相片宮川慎司

私とフィリピン/宮川 慎司

 2013年夏、初めて自分の意思で海外に行った先がフィリピンのマニラであった。


 マニラの初印象は最悪だった。まず、公道に所狭しと並ぶ食べ物の露天商店から発せられるにおいが苦手だった。露天商店の近くを徘徊する多数の野良犬にも、大きな恐怖を覚えた。


 さらに、何度もぼったくりにあった。タクシーでまがい物と思われるレイバンのサングラスをかけた強面のお兄さんに、必要としない高速道路に乗せられた挙句、目的地と違う場所で下ろされた上に、メーターの10倍の料金を要求された。さすがに憤りを覚えたが、怒る勇気もなく、しぶしぶ日本円で6000円近くを払ってしまった。


 マニラから出国するときも苦しめられた。当時は空港税を現地通貨のペソで支払う必要があったが、私はもうペソを使うことはないと思って、前日の夜に手持ちのお金をすべて円とドルに替えてしまっていた。飛行機の時間が迫っていたため、近くの職員に急遽両替を頼んだところ、チップとして3000円ほどを持っていかれ、憤慨しながら初マニラ訪問を終えた。


 このように私とマニラの出会いは最悪だったが、数年後にはスラム地域に住みこんで調査をし、露天商店の食べ物をつまみに住民たちと安いビールとブランデーを飲み明かす日々を送ることになるとは全く想像もしていなかった。


 私の調査地は、違法行為の調査という性質上具体的な地名を特定できないが、マニラ首都圏に位置するスラム地域である。私の指導教官に当たる先生の調査地であるスラム住民の親戚が住んでいる場所として紹介してもらって、2016年に訪れたのが始まりだった。

 調査地で驚いたことは、自分が想像するよりも彼らの生活が「豊か」であったことだ。ご飯は私が食べきれないほど出てくるし、携帯電話も多くの人が持っていた。中にはパソコンやクーラーを持つ家も存在していた。しかし、電気や水の契約を持たないこと、土地の権利を持たないこと、仕事の契約が短く転職を繰り返さねばならないことなど、豊かさの裏にも不安定さが垣間見えた。また、空腹による餓死は少ないものの、安価なスナック菓子や清涼飲料水でお腹を満たすことが多いために成人病が多いなど、近年の新しい問題も浮上してきているようだ。


 マニラとのファーストコンタクトの印象が悪かったことは、自分の調査において必ずしも悪い点ばかりではなかったように思える。地域に密着する研究者はともすると、視点が地域側に偏りすぎ、客観的な視点を欠いてしまう怖れがある。しかし、私は当初からマニラに対してある種の警戒心を持っていたため、スラムで調査をする際にも彼らの言葉をすぐには信じず、様々な方法で裏づけを取ろうとした。その分、多くの研究者が持つ現地へのあふれ出る熱量は私には欠けているかもしれない。このような調査姿勢が吉と出るか凶と出るかの審判は博士論文の出来で下されるだろう(笑)


 調査地に対する第一印象というのは、自分でコントロールできるものではないため(まして、そこが将来の調査地になると想像してもいなければなおさらだ)、地域密着型の研究をするにはある程度運命のようなものも関わってくるかもしれない。


上から見た、公道に所狭しと並ぶ露天商店



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